檸檬爆弾
大雪だ。
夫が買ってきていた
「いい話のおすそわけ」
という本を読んだ。
お釈迦様と馬の調教師がやりとりをする話の
最後の1行にググッときた。
その人の存在を無視したり、黙殺するということは
その人を殺しているのとも同じことです。
そのとおりだと思った。
「 無念無想の境地 」
海底に眼のなき魚の棲むといふ眼のなき魚の恋しかりけり
白鳥はかなしからずや海の青空の青にも染まずただよふ
以上は若山牧水作。いい歌だ。
心頭滅却すれば火もまた涼し
心の動きをとどめて無念無想の境地に至れば、火の熱さも感じない。
ということだそうです。
「日本の戦国時代、快川禅師が火刑に処さられたた時、この句を唱えながら処せられたということはは有名である。」
とあった。かっこいい。、できれば私も、一切の煩悩から逃れて無念無想の境地に達したい。
「雪道で転倒」
頭の調子がおもいっきりヘン!!
カラダの調子もいまいちよくないかも。
きのう凍結道路でおもいっきし転倒したし。
今もビテーコツがイテ―し。あああ。ついてない。
生きがいを見失っているし。
漆黒の闇の中にいて 手探り状態で必死にあかりを探している。
どんなに小さくたっていい。
どんなに微かであってもいい。
どうかあかりを!!ともしびを!!どうか明かりをともしびを。